三重の100人 10人目「岩崎魚店 岩崎 肇さん」

投稿日: 2014年02月04日(火)09:33

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三重の100人の10人目は、漁業と林業が盛んな尾鷲より、県内外の魚好きから評判の魚屋、岩崎魚店の岩崎肇さんです。

尾鷲港から水揚げされたばかりの新鮮な魚であることはもちろん、一般的な魚屋やスーパーでは見かけないさまざまな魚も扱っているということで、個人客はもとより、東は東京から西は京都・大阪のイタリア料理をはじめとするお店からも買い付けされているという魚屋さんです。

何より食べることが好きで、食材を追いかけてお店まで食べに行くこともあるとか。気になります!

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岩崎 肇さん
1972年 尾鷲生まれ
水産学校卒業の後、名古屋のスーパーにて魚担当として勤務を経て、
家業の岩崎魚店を営む。


■三重カルテ

Q. 生まれた場所はどちらですか?


尾鷲やね。

Q.もともと魚屋の息子として生まれ育ったんでしょうか?どういう経緯で魚屋に?


生まれた時、両親はやってなかったです。
自分が小学校6年生の時に魚屋を始めて、中学校1年生のときに今の場所で始めたんですね。
高校を選ぶときに、普通/商業/機械科という選択肢があって、何をしたいというのでもなかった。
(志摩市の)和具に県立水産高等学校があって、『水産』と聞いて、行ってみようかなと思った。

水産学校の後は、名古屋のスーパーで2年間、魚担当として働き、刺身など魚をおろす技術を身につけたりしたね。
その後、父親の調子が悪いということもあって、戻ってきた。

Q.水産学校での寮生活はどうでしたか?


寮の生徒は鈴鹿、紀伊長島、尾鷲の5名だけ(大半は、地元の学生で通学)。
言葉遣いとか、親を離れての規律ある寮生活をしたのは良かったかな。
商売屋になるには、もっと若いときに現場に入って修行しに行った方が良かったかもしれないけど、そこに、今の自分である何かがあったと思う。

あと、中学校までは好き嫌いが多かった。
寿司屋に行っても生魚は食べず、外食=肉やった。
でも、寮では、夜食もお菓子も禁止で、寮食しか食べるものなく、出された食事をがっつり食べるようになってね。
以来、何でも食べるようになったね。

Q.三重で好きな場所は?


鳥羽水族館やね!

(と、即答。納得です)

あと、デパ地下大好きやね、食材ハンターやからね。
特に名古屋で時間があるときによう寄る。
この前も一時間くらい。食べに行くのも好きやで、美味しいと聞けばどこにでもいくね。

(ちなみに、三重県外では?と伺うと)
東京なら西麻布。なんて言い方したらえらいことちゃう(笑)。
西麻布で海老蔵が事件を起こした頃に、よく行っていたこともあって、『尾鷲の海老蔵』がニックネームとか言われたりする(笑)。

(※岩崎さんは尾鷲の‘海老’特集などで取材をよく受けています)

Q. 三重のいいところは?あるいは尾鷲のいいところ?


尾鷲は人がいいところ。
はじめは結構受け入れない人もいるんですけど、ちょっと仲良くなったらすごく良くする人って多いと思うんですよね。(それは)田舎のいいところかもしれやんけど。

僕も全然知らん人にごはん食べさせたことあるしね。
自転車で旅行しにきた男の子とか。2人組の大学生の女の子らを泊めてあげたこともある。
大学の先生から、熊野古道、尾鷲いいよって聞いて、青春18切符で夕方に尾鷲に来た子たちで『魚が食べたい』っていうから『それならうちで』って。
泊まるところも『2000円くらいでないか』っていうから『なら、うちで』って(笑)。
自分も旅先で良くしてもらったこともあるからね。

Q. 三重で好きなお店は?


自分の魚を扱っているお客様のところに限らず、どこにいっても勉強になる。
その店その店の感動があるんですよね。こんな風に使っとるんやと。
煮物とか、塩焼きとかがほとんどなのに対して、普段食べられない料理になる。

Q. 休日の過ごし方、趣味は?


食べることやね。
とりあえず、食べることが好きでね。

(魚をみて)これ肥えとるなぁ、美味しそうやなぁ、と思うときは、(食材を追っかけてレストランに)食べにくることもある。
ジビエも好きでね。
魚に留まらず、面白い食材をみつけたら、付き合いのあるレストランに持っていって、料理してもらうこともある。
ウズラを一羽買って、お店に行って料理してもらったこともある。
白トリュフを買って持ちこんだこともあるし。
そんなことしてるから、食材費より高い値段になることも良くあるけどね(笑)


■岩崎さんのある一日

5:30 起床
6:30 魚市場へ
7:00 入札開始
魚が搬入される度に競りが行われる
10:00〜18:00頃 魚店 開店
魚店の開店中も随時、市場へ向かう。

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午前6時30分頃、入札の始まる30分ほど前に岩崎さんは尾鷲漁港市場に到着する。

「他の魚屋さんらと話してるね。いろいろな人と話すのと情報がいっぱい入ってくるからね。今やと、最近は魚が少ないんでね。水温が低くて、魚が動かないので、『何もないね、何もないね』って話してたり。『最近、サバ捕れるね』という話をしていたら、『千葉県の銚子ではサバが大量、6000トンも、あり得ん量が捕れてるので、相場が安くなっている』とかいう話が出たりね」

毎朝早めに市場へ出向いての立ち話は情報収集のための大切な時間でもある。

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漁から戻った船から水揚げされた魚は、量りにかけられて競りの準備が整えられていく。

午前7時、魚屋や漁連の関連者らが続々と集まり、競りのスタート。
この日の最初の競りは、尾鷲で盛んな底引き網漁から水揚げされた魚だ。
トロ箱と呼ばれる木箱に、エビ類(テナガエビ(アカザエビ)、ヒゲナガエビ(ガスエビ)、オオコシオリエビ(クモエビ)、伊勢海老など)、イカ類、カレイ類、ユメカサゴ(アカガシ)、ニギス、ヨロイイタチウオ、アカムツ、カガミダイ、アンコウ、マンボウなど、深海の希少な魚を含む様々な魚が並んでいた。

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岩崎さんも他の入札者らと同じく、緑色の札とチョークを手に瞬時に入札額を札に書いて出す。
魚を見る目つきは真剣だが、途中で会話も混じり、笑みも見られ、緊張しきった雰囲気でもない。

入札の合間に、岩崎さんは携帯で何度も電話をしている。

「他の漁港へ自分でいけないんで、入札しにいっている仲間とやりとりして、互いに魚を買い付けしているんやね」

熊野灘の豊かな漁場と周りとの協力があって、いろいろな魚が扱えるのだ。

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底引き網の魚の競りの後も、水槽に入ったサバやウスバハギといった活魚の競りや、アオリイカやヤリイカ、太刀魚、アジやイワシ、牡蠣など定置網漁や釣りなどの随時入港・搬入された魚の競りが行われていた。

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この日の大物は、キハダマグロ 34.5kg。

「釣ったのが同級生やもんでね。明日はもっと大きいのが入るんですよ」

沖にいる船から連絡を受けた入港内容が記された黒板には、50〜60kgのマグロとある。

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競りが一段落した午前10時前、軽トラックで魚を店へ運び出し、いよいよ魚屋の開店だ。
量を仕入れた魚は箱ごとにまとめられているものの、いろいろな魚が入った箱もあり、ミニ水族館のようだ。
名前もわからない魚がいくつもあるが、ざっと見聞きしただけでも、伊勢海老、テナガエビ、タカアシガニ、赤ナマコ、アカアンコウ、オキギス、カワハギ、太刀魚、サワラ、キハダマグロ、アオリイカ、マンボウ、アンコウなど。

日頃の生活圏内では簡単には手に入れられない魚も多く、どれを買おうか迷う。

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体長の4分の1くらいが頭のひょろ長い魚がある。
聞けば、ヤガラだという。
三重県津市の銘菓・平治煎餅のもととなった阿漕平治の物語に出てくる、あのヤガラである。
その漁獲高の少なさもあって、料理店などに回ることが多く、一般家庭ではなかなか食べられるものではない。
この時期なら、ぶつ切りにして、鍋にすると美味しいらしい。
早速自宅でやってみると、あっさりしていて臭みもなく、かつ食べ応えもある。
おまけに調理も簡単。なんとも嬉しい地魚に出会えた。

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魚の食べ方や下ろし方も教えてもらえた。
例えば、若狭かれいは、指でワタをとって、干物も簡単にできるそうだ。
時間があれば、魚の下処理もしてもらえる。
ふぐの免許も持っていて、下処理も数分で出来るそうだ。

さすがの包丁さばき、仕事が早い。
そういえばマグロもいつの間にか解体されていた。

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町の魚屋として接客をしつつつ、県内外のお客様からの電話注文や発送作業も行っている。

朝、尾鷲港で揚がった魚は、その日に注文を受ければ、翌日には東京や京都をはじめとする各地へ届けられる。
県外から直接買い付けに来るお店もあるという。
週3回名古屋から尾鷲まで来るというのには驚かされる。
それだけ、魚への期待がうかがわれる。

魚屋の営業中も、岩崎さんはお目当ての魚が入港すれば市場へも出向く。
実際に、午後には近くの港で釣り物のアカムツ(ノドグロ)の入札があるという。
脂がのって上品な高級食材のノドグロだ。しかも、網ではなく釣りで捕れたもの。

「釣りのアカムツは、網と比べて色合いや見た目といった状態がよく、ビックリするほど高い値がつく」と岩崎さん。


岩崎魚店から運びだされたアカムツ(ノドグロ)を追って、津にある海の見えるイタリア料理店「リストランテ ソプラノ」にて岩崎さんに詳しくお話を伺った。

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■‘町の魚屋’を継ぐ

名古屋での勤務経験の後、尾鷲の‘町の魚屋’である家業を手伝いに戻ってきた岩崎さん。
数カ月すると、自分で魚を買わしてもらうようになった。

「今思えばすごいと思うけれど、父が任せてくれた。当初、両親の姿をみて、大変やなと初めて感動したね。ようやってきたなと。魚に関しては勉強しよ、と思ったね」と振り返る。

当時は景気が良く、岩崎魚店もその渦の中にいた。

「戻ってきたときはよう売れた。お客様が朝開く前から待っていて、一番いい物をくれと並んでいた。良い物を仕入れたらそれが売れた。魚の値段も高かったしね。その頃は、商売屋とか、釣りに来た人が買いに来てね。釣れなくても帰りに買ってかえるんですね。だから、よう売れた」

一方、今は良ければ買ってもらえるという時代ではない。
安ければ売れる時代でもない。

「お客様が欲しいものを買わないと売れない。例えば、昔と違って今のお客さんには、魚のサイズを揃えたりもしやな」という。

■尾鷲の魚、県内外の料理店へ

仕事を任せてもらう中で、時は移り、時代は不景気に。
その頃から、岩崎さんは東京をはじめとする県外からも注文が入るようになる。

「一番最初に東京へ行ったのはね、ちょっと知り合った人が銀座でおでん屋さんをやっていたのね。そこでイタリア料理やっている人と知り合って、東京へ行くようになった」という。

東京へ足を運ぶようになった岩崎さんは、その後も食を通じた偶然の出会いにより、尾鷲の魚を使ってもらう機会を得る。

「たまたま飲んでいて知り合いになった人が、ビストロのオーナーで魚を使ってくれるようになった。ワインでも有名な方で、その方を慕う料理人もいて、『尾鷲は海老など特殊な物が取れる』と、口コミで増えていった」。

お店に足を運んで食事をし、シェフやいろいろな人と話をする時間を大切にしながら、料理の仕方や魚について勉強もする。
岩崎さん流のスタイルでつながりを培ってきた。

■何より食べることが好き 買って、売って、食べて、話して、学ぶ

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インタビューを行ったお店のシェフも岩崎さんと長い付き合いがある。

地元三重県産の食材を大切にしているシェフは、尾鷲の魚を積極的に取り入れている。
前述した釣り物のアカムツ(ノドグロ)、これを買えるお客さんは少ないというほどの高級魚であるが、シェフは好んで使うそうだ。
岩崎さんもシェフの好みがわかっている。

お互い魚について話し、いろいろ研究しており、今回は勉強も兼ねて、釣り物のアカムツの他、網で捕ったものも用意してもらった(写真は底引き網漁の競りにおけるもの)。

また、届いたばかりの鮮度の良いものだけでなく、熟成させたものも用意し、前菜のカルパッチョ、メインの‘ノドグロとイタリア野菜のアロースト’に取り入れた。
シェフによれば、寝かせたものは味が落ち着いて出てくるのだそう。
熟成させた魚を生で食べることに驚いたが、
「最近は、熟成した魚を好む人もいて、寿司のネタとして一カ月以上熟成させる店もある」と岩崎さんは言う。もちろん熟成に向かない魚種もある。

この日のもう一品は、尾鷲といえば海老!ということで、海老の女王ともいわれるテナガエビを使ったリングイネである。
こちらも一般には出回ることの少ない高級食材。
柔らかいながらに弾力もあり、しっかりとした味だ。

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■手ごたえあり!尾鷲の魚が認められる

よく食べにいく岩崎さんだが、尾鷲から東京までも、時間があれば行くというフットワークの軽さ。

「2週続きでいくこともあるよ。東京まで尾鷲から4時間ちょっとで行ける。終電18:15に乗って、23時着いて、お客さんのところに行く。午前1時までやっているお店なら、十分間に合うからね。調子が良ければ、翌日のお昼も」

以前、東京に行ったとき、たまたま嬉しかった出来事に立ち会ったことがあるという。

「シェフとの話が終わり一人でランチを食べていたとき、隣の席に座った人が『ここはさぁ、魚美味しいんだよね。スゴイ変わったの食べれるよ』と笑顔でワインを飲んでいてね」

とニコニコと話してくれた。
心の中で歓喜の声をあげたであろう岩崎さんの姿が目に浮かぶ。

もう一つ、‘尾鷲’の魚が浸透していく瞬間を捉えた話がある。当時では珍しくメニューに「三重県」ではなく「尾鷲」という産地を特定した呼び名を使っていた取引先のレストランが横浜にあった。

「食事にきたお客さんから『何?尾鷲って流行りなの?』って言われたよ。最近行ったレストラン2軒(偶然2軒とも岩崎さんの取引先)で、『尾鷲産△△です』『尾鷲産○○です』と魚料理が出てきたらしいよ(笑)」

シェフから聞いたこの話は、まさしく、「尾鷲」の魚がブランドと認識されていく様子を物語っている。

■岩崎魚店という仕事

仕事の醍醐味を尋ねると、

「魚が10種類取れるとしたら、10種類扱いたい。(いろいろな魚を使ってほしいから)高い魚であっても、少しだけでも使ってもらえることは魚屋の冥利につきる。自分が紹介した魚について、後に『あれ、良かったよ!』と聞くと嬉しいね〜」

と笑顔をみせる。
ここに、岩崎魚店らしさが見えてくる。

最後に、仕事をする上で、大切にしていることを尋ねてみた。

「お客さんのことを考える、やろね。値高いときにまともな利益をかけたら、次のときに使えない。だから、『ホントだったらこれくらいの価値する』と伝えた上で、安く売って、まず一度使ってもらう。逆に(競りでお買い得な魚を)買いすぎたときに、『それもらいます』と言って助けてくれるお客さんはありがたい。喜ばして、喜んで。利益は少ないけど、長い年月の付き合いがあれば、ちゃんと自分に返ってくると思う」。

お客さんを考えての仕事ぶりは、過去の失敗談からも伺えた。
昔、銀座へ送る荷物を間違って横浜へ送ってしまったことがあり、魚の入った箱だけをタクシーで届けてもらったそうだ。
以来、そのシェフからは3倍近くも多くの魚を買ってもらうようになったという。


「尾鷲は魚が美味しいっていうからにはね、みんな努力しないと駄目やと思うし。周りでも頑張っている人がいるしね。自分は、魚を扱うのに雑にならないように、こだわって努力したいと思っとるけどね」

尾鷲のとびきりの鮮度の良い魚を日々届けようと、正直に仕事をする人柄が伝わってくる。

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岩崎魚店
住所:三重県尾鷲市坂場町5-33
電話番号:0597-22-3846

取材協力:リストランテ ソプラノ(三重県津市)

写真 文 横山 叙子